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2017年08月13日

月形町の神社にあった最古級の奉安殿


 月形小学校の火災で類焼し、遷座した樺戸神社へ移設されていた奉安殿は、その神社の再遷座で失われたのである。
開校百周年記念誌より 小学校へ積極的に御真影が下賜され始めたばかりの明治28年5月(1895年)、北海道樺戸郡の月形小学校(月形町)が出火し、御真影と教育勅語を焼失したことは大きな驚きであった。北海道内で初めてのことかもしれない。 同校は、同30年(1897年)に再建された際に煉瓦造の独立棟を建設、同年、松前郡吉岡小学校(福島町)も煉瓦造を建設した。こうして、あちこちで煉瓦造の奉安殿が建築されるようになり、独立棟の建築は、むしろ本州よりも北海道が積極的であった。 道内で最古かと思われる月形小学校の奉安殿は、戦後も樺戸神社に移設されて残されていたが、昭和45年の須部都川築堤工事に伴い移転となり、やむなく取り壊されたことは、惜しむべきである。残念。
第422号 北海道で最古の奉安殿     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 06:50Comments(0)北海道の歴史郷土の語り

2017年08月05日

北海道の捕鯨業の嚆矢


明治33年の留萌捕鯨場の景 北海道の捕鯨業の嚆矢、伊藤一隆が関係した大日本帝国水産会社のこと。石川県士族の斉藤知一が、明治17年に胆振国の室蘭・有珠の両郡、翌18年は後志国岩内郡で捕鯨を試みたが、鯨を恵比寿神と信奉する地元漁民の妨害に合い、同20年に天塩国羽幌へ転じた。明治21年には、国策によって設立された大日本帝国水産会社(のち帝国水産会社)が、根室・千島沿海でラッコ・オットセイ猟、捕鯨を試み、のち石狩国での許可を得て、また、羽幌での斉藤の事業を引き継いだ。こうして北海道内でも本格的な捕鯨が見られることになった。
第421号 北海道の捕鯨業の嚆矢     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 13:39Comments(0)北海道の歴史郷土の語り