さぽろぐ

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2017年09月18日

国会をクラス会に置き換えると・・・


国会をクラス会に置き換えると・・・、 民主主義下の最終決定手法は、多数決である。 そうして少数派の意見を聞くということは、多数派の歩み寄りでしかない。 しかしてこれを学級に置き換えると、3~4人の不良グループや1人2人の変り者も居るものだ。 少数派こそ、大人であって欲しいものだ。 ◆各政党、会派の議席数 ◆平均的な中学校のクラスに置き換えた場合 全国の中学校の1学級当たりの生徒数は、31~40人の学級が5割を占める。
第426号 こども国会     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 09:04Comments(0)持論、討論

2017年09月15日

滝上町の教育勅語謄本

      滝上町の郷土館に残る本物の教育勅語謄本、奉安棚もあるそうな。



第425号 教育勅語謄本     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 21:26Comments(0)郷土の語りお年寄りへ

2017年09月10日

もんべつ沖揚音頭


もんべつ沖揚音頭 北海道を代表する北海道らしい魚介類は、古くは「三魚」と云われたサケ、マス、ニシンであり、昭和30(1955)年頃に大きな群来が見られ無くなるまで、ニシン漁が道内沿岸漁業の太宗であった。幕末頃から大きな漁獲を可能にする「鰊建網」が開発されて、漁業が大型化されると多くの漁夫が必要になった。沖揚音頭は、ニシン漁の水揚げから網起こし、汲み出しほか、共同作業の拍子を合せた掛け声唄で、各地の漁場に自然発生して見られる。江差沖揚音頭(道指定無形民俗文化財)、松前沖揚音頭(町指定無形民俗文化財)、神恵内沖揚音頭などがあり、ソーラン節もその一種である。古くからホタテ貝が名産で知られる紋別市も、寛政年間(1789~1801年)に紋別番屋が置かれ、昭和27(1952)年でニシンの群来が見られ無くなるまでは、当地もニシン漁が漁業の中心にあった。この「もんべつ沖揚音頭」は、昭和13(1938)年に道南のニシン場から「今野芳太郎」が移り住んで来て歌われるようになったと伝わる。昭和27(1952)年頃、今野芳太郎の呼びかけに有志が募り、昭和35(1960)年に北見で、同37(1962)年には札幌で披露され、以来、各種の慶事・行事で催されるようになった。〝もんべつ流氷まつり″では、第1回の昭和38(1963)年から継続して演じられている。昭和44(1969)年に船等を製作し、衣装を新調して統一し、現在の形となり、昭和47(1972)年には会長天野一郎、副会長今野芳太郎として正式に「紋別市沖揚音頭保存会」が発足した。こうして市内行事で披露されていたが、経年のうちに会員減少から存続が難しくなり、次世代に継承すべく、昭和52(1977)年に紋別漁業協同組合、漁協婦人部(現女性部)と漁協青年部が加わって再編されて現在に至っている。「もんべつ沖揚音頭」は、〝おーしこ″の掛け声のもと、出漁、操業、帰港までの漁労を表現している。道内の各地に伝わる沖揚音頭であるが、道東、オホーツク沿岸で伝承されるものは見られない。また、全道的に見ても積極的に保存継承され定期的に公演されているものは少ない。毎年、公演している「もんべつ流氷まつり」は、さっぽろ雪まつり、旭川冬まつりに次いで歴史がある北海道の冬まつりであり、歴史的地域資産として活用され、地域振興に貢献している。第55回もんべつ流氷まつり(2017/2/12)
第424号 もんべつ沖揚音頭     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

2017年09月03日

手本は二宮金次郎


文部省唱歌「二宮金次郎」 柴刈り繩なひ草鞋(わらぢ)をつくり、親の手を助(す)け弟(おとと)を世話し、兄弟仲よく孝行つくす、手本は二宮金次郎。 幸田露伴著・二宮尊徳翁の口絵 1891年刊 九谷焼、青銅製 二宮金次郎(尊徳)のこと この薪を背負った金次郎のイメージは、金次郎の弟子で娘婿となった富田高慶が書き残した話をもとに、明治24年に幸田露伴が子ども向けの物語を書いて、このときのイラストに始まったと云われます。金次郎の孫の「二宮尊親」は、福島県下の困窮民の活路を新天地の北海道に求めようと明治29年に北海道各地を視察・探検し、開墾地を十勝の牛首別原野(現豊頃町)に選定しました。翌年には自ら15戸を率いて入殖し、10年後には、移住戸数160戸958人、開墾地844町歩の一大農場を形成しました。

第423号 二宮金次郎(尊徳)のこと     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/