さぽろぐ

  文化・芸能・学術  |  その他北海道

新規登録ログインヘルプ


2014年03月25日

コールドチェーンは森町から


◆国内コールドチェーンの試みは森町から ~日本冷凍食品事業発祥之地の碑 本格的な我国コールドチェーンの試みは、山口県生まれで米国帰りの葛原猪平が、大正9年に北海道森町で大型冷凍冷蔵庫を開業させた「葛原商会(のちの葛原冷蔵㈱)」に始まる。コールドチェーンとは、生鮮食料品などを生産段階から途切れることなく低温保持し、輸送をして消費段階まで流通させる体系を云い、葛原は、冷凍により鮮魚供給の季節変動を平準化させて生産者と消費者双方の利益としようとしたが、この時代、一企業が全国各地に製氷・冷凍施設を整備し、低温流通で結ぶことなど無謀であり、過大な設備投資がさらなる投資を呼び、鮮魚確保は北洋から朝鮮、台湾など外地にまで及んで保有する冷蔵船だけでも7隻があった。関東大震災に際して森町から運ばれた冷凍魚が配給され注目されたことはあったが、当時は冷凍魚に対する国民の理解は全くと云ってなく、赤字続きで粉飾に粉飾を重ねて行き詰まってしまった。各地に残された冷蔵庫や冷蔵船などは、その後の日本を代表する水産会社へと引き継がれ、うち森冷蔵庫はニチレイフーズ工場として現在も存続し、当時の冷凍機が記念保存されている。さて、葛原商会はもともと貿易商で自らアメリカのフィリック社製冷凍機を商った。森冷蔵庫は技師ハワード・ゼンクスが設計監督し、大正8年10月に竣工、翌年8月から稼働を始めた。動力は大正13年に電化されるまでは、赤石製作所製の「木炭ガスエンジン」が使用され、零下20度前後になるまでには約20時間以上を要し、定温保持には1日70表の木炭を昼夜交代でくべる必要があった。詳しい仕様を以下に示す。 ・総建坪数 木造5棟270坪 ・凍結室 三室容積117,000立法尺(日産能力110トン)、保持温度-15度 ・冷蔵室 三室容積100,000立法尺(収容能力260トン)、保持温度-15度 ・断熱材 コルク ・冷凍機 アンモニア圧縮機94t アメリカ、フィリック社製 ・製氷能力  5t/日 ・発動機 サクションガスエンジン(木炭ガスエンジン)193馬力、赤石製作所製 葛原冷蔵森冷蔵庫 大正絵はがき 当時の冷凍機 森町指定文化財

第351回 日本冷凍食品事業発祥之地の碑      北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 06:37Comments(0)北海道の歴史

2014年03月21日

北海道文化遺産活用活性化計画



北海道文化遺産活用活性化計画/道文化財保護協会 文化庁が押し進める『文化遺産を活かした地域活性化事業』とは、地域の文化遺産情報を発信し、そして地域の文化遺産を総合的に紹介する人材育成を行おうとするもので、地域の文化遺産を普及啓発するための事業である。具体的には、①建築物の調査・評価、②保存に向けた検討(修復等) ③人材養成講座・試験などを行う。北海道文化財保護協会、北海道建築士会、NPOれきけんは共同して実行委員会を組織し、文化庁へ「北海道文化遺産活用活性化計画事業」の補助申請を終えた。紋別市には、国登録有形文化財の”旧上藻別駅逓所”があり、すぐにでも登録可能な草鹿家住宅や建築物として価値が高い旧宇津々小学校奉安殿、地域のモニュメントとしての旧渚滑機関庫などがある。そして遠紋管内一円にはレンガ建築や文化住宅など貴重なものが多い。今後、私も何かしか関係して行くことになり、昨秋もこの近辺をヘリテージマネージ関係者と巡見したところで、また、建築士と協力して戦後間もない頃の大型建築を調査したりもした。建築士会紋別支部・遠軽支部の積極的な参加を期待したい。 紋別・遠軽地方の名建築 ペチカがふたつもある文化住宅 草鹿家住宅/紋別市 漆喰装飾が美しい 宇津々小学校奉安殿/紋別市 お城のような旧チーズ工場/湧別町 ウガツが上がるレンガ造り/遠軽町












第350回 文化的な名建築を残そう      北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 20:24Comments(0)北海道の歴史

2014年03月07日

北大くろしお号 概略






















































もんべつにもやって来た!! 北大・潜水艇くろしお号 くろしお2号 青函トンネル記念館/福島町 北海民友新聞社 紋別沖の海底調査 くろしお号で海底をゆく 全国各地で行った試験調査 人工礁調査、水中聴音試験、網糸視程試験、底曳網成り調査、集魚灯試験、プランクトン研究、潮流計試験、照度計試験、海底炭田調査、青函トンネルボーリング調査、特にホタテ漁場調査、知床漁場探査、沈船・戦艦陸奥の撮影ほか …etc. 研究成果1 ホタテの地撒き増殖 越冬稚貝の放流においては一年貝はほとんどが密集し、ホタテは集団生活を営む習性があることは分かっていたが、昭和37~38年に潜水艇「くろしお号」に乗り、はじめて外海の海底を肉眼で観察して現実にはかなり違うことが確認できた。「ホタテの群生とその適した環境とはどのようなものか?」を追求する中で、人為的にホタテの群落を作ることができれば、資源増大が可能なのではないか、どうすれば群落を作れるか?を考えた。そしてホタテが密集しているところでは、意外にヒトデが少なく、ホタテ群落の外側をヒトデがぐるりと取りまく格好で、ホタテとヒトデの住みわけが見られることからホタテの種苗を蒔いて資源増とするには自然界の弱肉強食の中では少しくらいの量ではだめで、ホタテの群落・大集団づくりのために種苗の大量放流を提唱し、漁場に優占種のグループをつくることを考えた。「サロマ湖の風一連帯と共生」から要約/元網走水産試験場長 田中正午氏談 研究成果2 アンビリカルケーブル技術の確立 昭和26年にケーブルでぶら下げる潜水探測機「くろしお1号」が完成、最大深度206mを記録した。昭和35年には、くろしお1号を横向きに改造拡張して自航式の潜水艇「くろしお2号」となったが、“へその緒”と呼ばれるケーブル式は引き継がれ、現在の無人探査機の基礎的技術であるアンビリカルケーブル(へその緒)を確立した。 ケーブル式はバッテリーの搭載が不要で機体が軽量化でき、大容量の通電は多様な観測機器の使用を可能にし、そして安定的に通信することができる。ケーブル式は日本人の発明による。 研究成果3  マリンスノーの研究 「くろしお1号」に乗船した北海道大学の鈴木昇氏が、昭和28年に「海中の懸濁浮遊物マリンスノーに関する研究」として北大水産科学研究彙報に発表した。こうして名づけられた“マリンスノー”は、中谷宇吉郎教授によって広く喧伝された。





























第349回 潜水艇くろしお号      北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 06:08Comments(0)北海道の歴史

2014年03月02日

若者と指導者達へ

悩み深い今日この頃



 狭義の「ゆとり世代」とは、一般的には平成4年度から平成21年度までに“ゆとり教育”を受けた世代を云い、初代の子供たちが新卒入社期を迎えた頃に定義が定着した。
 私が感じるところ
 ①能動力に劣る(指示されないと何をして良いか分からない)
 ②実行力に欠ける(考えが行動に現れない、具体的な行動が伴わない)
 ③意思と意識の共通化が図れない(理解力、読解力、読心力、表現力に乏しい)
など、“大卒”としての知識(学力)に欠如し、“おとな”としての常識(社会生活に必要な最低限の知識)にも欠ける若者をどう育てればよいものか? 
 さて、悪評される“ゆとり世代”であるが、そもそも中堅の能力不足が指摘されるなど、“ゆとり世代批判” に反する意見もある。
 彼らを作り上げたのは、いわゆる“どうにかなるさの高度成長期世代”であり、それに”いけいけバブル世代”の中堅が加わるともう目も当てられない。これらの世代間ギャップは大きく、意識空間を共有するのが難しいのも当然で、先輩たちに指導力があるとも思えない。

  粗製の若者と粗悪な指導層、どこに行くのか? これからのニッポン!!
  品位はなくとも品性に劣ることなく、品格はもってもらいたい先輩たち。
  

Posted by 釣山 史 at 18:04Comments(0)持論、討論トピック