さぽろぐ

  文化・芸能・学術  |  その他北海道

新規登録ログインヘルプ


2011年06月27日

鴻之舞の硫酸瓶

鴻之舞金山の硫酸瓶

 小野田セメント(太平洋セメント)で有名な山口県山陽小野田市は、また、明治の早くに化学工場が建設されて、硫酸、曹達などが製造された。大正には清酒会社が、焼酎用の容器の生産を始めたことから、硫酸瓶や焼酎瓶の生産が盛んとなり、特に皿山の硫酸瓶は高い国内シェアを誇ったが、それも昭和30年代には衰退して行く。
 この鴻之金山の硫酸瓶も、皿山産と思われる(知見に乏しいので)。





































































第253回 石見の硫酸瓶         北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 07:59Comments(0)北海道の歴史

2011年06月26日

ホタテ加工(再)

◆ホタテ貝の加工史概略(再) 古くからのホタテ(イタヤガイ)漁撈を歌った鳥取県の“貝殻節”は有名で、白乾(乾貝柱)の発祥も鳥取県だと云う。明治初期の北海道において、着業が間もない頃のホタテ漁は、食器や装飾品として、むしろ貝殻の利用を目的に漁獲されていたもので、のちに専業的にホタテ漁が盛んとなったのは、今のような乾貝柱の精製が広がったことによる。北海道で別名「白乾」と云われる今のような貝柱のみを精製したホタテの乾貝柱は、明治12年頃には試作されて、同21~22年頃から本格的に製造されたが、それ以前は、煮たのちにウロなどもそのまま燻乾した「黒乾」だった。自らも海産物の加工・販売を行っていた小樽の三浦吉郎は、技術を見込まれて水産試験場の技師となり、のちに宗谷に移って、「白乾」の製造法を熱心に指導して回ったことから、乾貝柱が宗谷や紋別などの名産品となり、その後の漁獲規制や地まきによる増養殖事業の定着もあって、オホーツク沿岸がホタテ生産の中心地となった。加工・流通が未発達な時代は、ほとんどが中国向けの「乾貝柱」であったが、明治29年に小樽で本格的なホタテ缶詰の製造が始まったと云われ(ただし、明治23年の北海立志図録の広告に室蘭港・竹村糾太郎、帆立鑵詰類、帆立うに漬などが見られる)、紋別でも大正11年から試作が行われたりもしたが(一説に明治37年)、中国では缶詰が嫌われたことから、北米などへの輸出が盛んとなったのは、昭和に入ってからであり、その中心地は根室、つづいて北見地方であった。そして冷凍ホタテも昭和3年の根室の試験に始り、のちに根室と紋別に加工場が建設されて、同じく主に北米へと輸出された。昭和40年代には、噴火湾での養殖事業が軌道に乗り、サロマ湖での増養殖が脚光を浴びるようになる。こうしてホタテ生産の急増とともに同代後半にはボイル加工が盛んとなって、同50年代にはオホーツク海での地まき養殖が定着し、玉冷加工が急増した。そして昭和53年の噴火湾での貝毒による生鮮出荷の停止を最初に、平成に入るとオホーツク海でも頻発するようになり、ウロを取り除いた「玉冷」は、ますます重要なものとなった。 蒔絵ホタテ貝皿・明治初期/室蘭市民俗資料館 開拓使別海缶詰所の流れを汲む藤野缶詰所 スター印のホタテ缶詰/昭和10年頃  筆者蔵
















































第252回 ホタテ貝の加工         北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 22:20Comments(0)北海道の歴史

2011年06月18日

歴旅・ブログ目録3

《北海道ブログ チャンネル北国tv/歴旅・温泉、そしてチョッと釣り》のブログ目録Ⅲ
 
http://hokkaidonobunka.sapolog.com/
 子ども達へ伝えたい「北海道の歴史と文化」
 ~もっと知ろう、残そう郷土の歴史語り
 北海道文化財保護協会>(Tel&Fax 011-271-4220/Mail Address:bunho@abelia.ocn.ne.jp)へ入ろう!

200  せたなの勅語類いろいろ
~現存する勅語類いろいろ。
号外 歴旅・ブログ目録2
~過去ログも見てネ。
201  蟹工船ブーム
~小説蟹工船の背景。
202  道東北の近代建築
~私のテリトリーの素敵な建造物群。
203  歴旅・温泉、上ノ国編
~かくれた名湯見っけ!
号外 歴旅・ブログ目録1
~過去ログも見てネ。
204  にわか「鉄」の巻5
~相生の迫力ある除雪車。
205  歴史的建造物
~小樽の歴史的建造物の巡見。
206  今の鴻之舞金山
~現在の鴻之舞の風景。
207  日高の奉安殿
~日高地方の奉安殿、2棟。
208  歴旅・温泉、日高高原編
~樹海の温泉宿。
209  北海道の奉安殿一覧
~ 教育勅語と奉安殿。
210  産業考古学会全国(江別)大会1
~全国的な学会で旧鴻之舞金山をPR。
211  網走のトーチカ2
~帽子岩のトーチカ。
212  産業考古学会全国(江別)大会2
~産業考古学会が道央を巡見。
213  カニとホタテの話し
~ 紋別の漁業を知ろう。
号外 告ぐ! わがマチを知れ!!
~健康で文化的なマチとは。
214  北見のハッカ(再)
~北見・網走・紋別地方のハッカ栽培の歴史。
215  紋別の水産
~ もんべつを代表するホタテ、カニ、カレイ。
216  網走刑務所の矯正展
~刑務所の大看板が盗難。
217  北の忠臣蔵
~ 忠臣蔵の寺。
218  北方民族シンポ
~北方民族文化シンポジウムが四半世紀。
219  もんべつの魚
~紋別で獲れる魚いろいろ。
220  丹頂の保護(再)
~タンチョウの保護活動、人口ふ化までの歴史。
221  サンゴソウの話し
~ 文化財としてのサンゴソウ。
222  幕末・維新の函館
~函館の幕末維新のころ。
号外 北海道文化財保護協会に入ろう!!
~ラッセル車と雪投げの歴史。
223  鵡川町の奉安殿
~むかわ町の奉安殿。
224  もんべつの前浜
~紋別前浜のお魚と漁法。
225  歴旅・温泉、日高編2
~日高の温泉、肉三昧、美味しゅうございました。
号外 昔のホタテ廃棄物の利用~北方圏国際シンポ
~昔のホタテの副産物の利活用。
号外 ふるさとの海シンポ
~紋別のシンポ冬の部。
226  ホタテ貝殻の利用法/前篇
~ホタテガイの加工の歴史。
227  ホタテ貝殻の利用法/後篇
~ホタテ貝灰とグリコーゲンのお話し。
228  ホタテ貝殻の利用法/付録
~石灰の概歴、北海道の建築の概要。
229  北海道とオホーツク海
~アムール河とオホーツク海、北海道の名前の由来
230  川崎船とホタテ船
~漁業入植とホタテ漁。
231  代用品の金次郎
~復興を二宮金次郎に学べ。
232  福島県の興復社に学べ
~先人に見よ、復興ガンバレ東北。
233  にわか「鉄」の巻6
~峡谷を走る士幌線の旧士幌駅。
号外 もんべつの植樹祭
~毎年、恒例の紋別市民植樹祭。
234  アイヌ文化の伝承
~吉田菊太郎翁の蝦夷文化考古館。
235  魅惑の縄文 十勝編②
~幕別の縄文。
236  にわか「鉄」の巻7
~旧渚滑線・北見滝ノ上駅。
237  にわか「鉄」の巻8
~渚滑線開通記念絵はがき。
238  野付半島の探索
~広漠の野付半島遺跡。
239  歴旅・温泉、尾岱沼編
~とってもマッタリ、大自然温泉。
号外 ブログ目録・「廃鉄」の部屋
~廃鉄の鉄ちゃん編。
240  斜里の駅逓
~斜里番屋の駅逓。
241  室蘭のSL
~室蘭、テツゲンのSL。
242  旧思沙留川鉄橋・旧名寄本線
~旧名寄本線の思沙留川橋梁。
243  北海道の奉安殿と勅語謄本(更新)
~北海道内に残る奉安殿と勅語謄本。
244  東都と北都の並木
~津田仙と栗本鋤匏菴。
245  道東北の近代建築(更新)
~ 道東北の歴史的建造物。
246 奥行臼が国定史跡へ
~ 別海の駅逓所。
247  にわか「鉄」の巻9
~遠軽公園のSLとラッセル車。
248  道文化財保護協会総会
~北大植物園の近代建築。
249  お百度石
~お百度参りの石柱。
250  紋別の草鹿邸
~紋別のうつくしい洋館。


 -号 外-
  

Posted by 釣山 史 at 08:49Comments(0)ブログ目録

2011年06月17日

壮瞥の家

壮瞥町のシャレタ家~北海道の環境緑地保護地区に指定された紫明苑開拓記念公園にあるオシャレな家。変形の寄棟と切妻の折中で、ノキの飾りと額縁窓がとってもステキ。


















































第251回 壮瞥町の美しい邸宅         北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 12:15Comments(0)古民家・古建築

2011年06月16日

紋別の草鹿邸

旧・草鹿犀之介邸 昭和2年で、総工費が2万円はかかったというタール黒塗り下見張りの洋館でいわゆる文化住宅。洋和室に備えられたペチカなどは、当時の寒冷地対策を良く現しており、1階洋間の変形出窓とそれに連なる屋根は特徴的。草鹿犀之介は、明治31年に石川県に生まれる。父は、マルクスを日本国内に始めて紹介した経済学者で、のちに住友家の理事となった草鹿丁卯次郎。実兄は、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦などの参謀長を務めた草鹿龍之介中将。伯父に判事を経て衆議院議員となった草鹿甲子太郎、従兄に南東方面艦隊司令長官の草鹿任一中将がいる。盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)を卒業後、大正11年に紋別市元紋別に入り、一農民として自ら大規模な農場を経営、昭和7年に当時としては反産運動へと繋がる紋別で最初の産業組合を発足させ、農民の生活の向上に努めた。昭和5年にはフォードソン・トラクターを購入するなど、畜力や機械力を利用した農業の近代化を図り、また、実習生を積極的に受け入れるなど、農業界と地域に大きく貢献した。
























































第250回 紋別の美しい洋館         北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/

  

Posted by 釣山 史 at 08:17Comments(0)紋別の歴史

2011年06月12日

お百度石

雨竜神社の百度石

 雨竜町は明治22年に華族組合農場が開かれたのに始まり、のち蜂須賀、戸田、町村の3農場に引き継がれた。蜂須賀家にゆかりの雨竜神社にある明治39年に建立の御百度参りの「百度石」、時折り時代劇に出てくるネ。北海道では、めずらしいかも…。
















第249回 お百度参りの石柱         北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/




  

Posted by 釣山 史 at 21:57Comments(0)郷土の語り

2011年06月11日

道文化財保護協会総会

当会は、本年度、設立50周年を迎えます。
 歴史文化を楽しもう、知るを知ろう! 来たれ歴男・歴女!!



 この6月4日午前、札幌市内において、北海道文化財保護協会の平成23年度通常総会が開催された。そして午後には、角幸博北大名誉教授の先導で、貴重な近代建築が数多く保存、そして活用されている北大植物園を巡見した。

 ・当協会では、年に数回の歴旅を行っています。
 ・垣根の低い、みんな仲良しの会です。
 ・見分を広め、趣味を通じて社会貢献をしてみませんか・・・。

~興味のある方は、左のお気に入りをクリック!!!


◆植物園門衛所/入園して、いきなり目の前にある重要文化財。明治44年に植物園が一般開放されるに伴い建築された。現在も守衛さんが利用している。◆宮部金吾記念館/明治34年に建築の旧札幌農学校動植物学教室は、国登録有形文化財。当初はH型だったが、昭和8年に改修されてT字型となり、昭和17年には植物園へ移築された。平成3年にさらに北半分が取り壊されて現在に至る。前庭には、北海道へ最初に移植されたリラ(ライラック)がある。◆博物館本館/明治15年建築の日本において現役最古の博物館で重要文化財。絶滅してしまったエゾオオカミや南極犬タロの剥製がある。◆バチェラー記念館/明治31年に建築された国登録有形文化財。アイヌの父と呼ばれたJ・バチェラーが昭和15年まで暮らしていた。昭和37年に寄贈を受け、その翌年に移築された。(左手奥)◆博物館便所/明治36年に建築された重要文化財は、なんと!! 現役のトイレとして使用されている。


























































第248回 北大植物園の近代建築        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 19:04Comments(0)北海道文化財保護協会