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2017年09月15日

滝上町の教育勅語謄本

      滝上町の郷土館に残る本物の教育勅語謄本、奉安棚もあるそうな。



第425号 教育勅語謄本     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 21:26Comments(0)郷土の語りお年寄りへ

2017年09月03日

手本は二宮金次郎


文部省唱歌「二宮金次郎」 柴刈り繩なひ草鞋(わらぢ)をつくり、親の手を助(す)け弟(おとと)を世話し、兄弟仲よく孝行つくす、手本は二宮金次郎。 幸田露伴著・二宮尊徳翁の口絵 1891年刊 九谷焼、青銅製 二宮金次郎(尊徳)のこと この薪を背負った金次郎のイメージは、金次郎の弟子で娘婿となった富田高慶が書き残した話をもとに、明治24年に幸田露伴が子ども向けの物語を書いて、このときのイラストに始まったと云われます。金次郎の孫の「二宮尊親」は、福島県下の困窮民の活路を新天地の北海道に求めようと明治29年に北海道各地を視察・探検し、開墾地を十勝の牛首別原野(現豊頃町)に選定しました。翌年には自ら15戸を率いて入殖し、10年後には、移住戸数160戸958人、開墾地844町歩の一大農場を形成しました。

第423号 二宮金次郎(尊徳)のこと     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 04:16Comments(0)郷土の語りお年寄りへ

2017年01月30日

御真影の廃止、奉還


御真影の奉還  終戦の前日に『全国的休戦等アラバ』、御真影を焼却すると軍事機密指令が発せられていたことは興味深い。さて、昭和21年元日(1946年)のいわゆる天皇陛下の「人間宣言」を控え、前年の12月20日(1945年)には、『従来下賜ノモノ全部取纏メノ上成ルベク年内二各地方庁二奉遷スルコト』と通牒され、御真影を奉還し、拝礼しないことになった。しかして、それは御真影を否定するものではなく、陛下の御姿が軍装だからで、『今上陛下御真影ハ将来新制定ノ御服装ニ改メラルベク』ものであった。そうして昭和21年4月5日(1946年)の「御写真取扱要綱」よって、新たな御写真の取扱いが示された。実際、昭和27年7月17日(1952年)に新たな御写真が秋田の女学校へ下付され、元の奉安所に納められたことに注目したい。 左上 御真影奉還ニ関スル件 参照 御真影に殉じた教師たち 平成元年発行 左下 御写真取扱要綱 昭和21年4月 アジア歴史資料センター蔵 右上 昭和の両陛下の御真影 筆者蔵 右下 朝日新聞 昭和27年7月18日号

第402号
     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/   

2012年12月08日

二宮尊徳を買った

 趣味が高じて二宮尊徳(金次郎)像を買いました。
 明治の九谷焼と、たぶん、大正の青銅製です。



























第328回   二宮尊徳(金次郎)像           北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 11:56Comments(0)お年寄りへ