さぽろぐ

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2017年09月18日

国会をクラス会に置き換えると・・・


国会をクラス会に置き換えると・・・、 民主主義下の最終決定手法は、多数決である。 そうして少数派の意見を聞くということは、多数派の歩み寄りでしかない。 しかしてこれを学級に置き換えると、3~4人の不良グループや1人2人の変り者も居るものだ。 少数派こそ、大人であって欲しいものだ。 ◆各政党、会派の議席数 ◆平均的な中学校のクラスに置き換えた場合 全国の中学校の1学級当たりの生徒数は、31~40人の学級が5割を占める。
第426号 こども国会     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 09:04Comments(0)持論、討論

2017年04月09日

森友学園問題

戦後の農地解放によって、強制的に買い上げられた国有農地は、全国各地に存在し、実際の管理は地方自治体である。中山間地や廃郷などに残るものが多いのだが、有休農地の利活用、売却を強く求められることがある。
これとは違うが、広大な有休地であったことに変わりがないのが森友学園の旧国有地である。
森友学園の国有地の売買問題であるが、私がかってに思うに次のことが考えられる。
・そもそも不良物件と分かったところで、金額にこだわらず、うまくどうにか処分したかった。
・その後に森友側からさらに埋却ゴミを指摘され、事故物件として損害を求められることを避けた。
・国民に対する不誠実な対応で、うまく処分しようとしたことを指摘されることが最も恐ろしい。
売れただけ儲けもの。多分、これが真実であろう。役人としては正しいのだ。

号外  
Posted by 釣山 史 at 12:35Comments(0)持論、討論

2015年01月01日

右角と錯角


函館山要塞 稚内市の通信所跡 釧路市旧春採小学校の奉安殿 大樹町旭浜のトーチカ群 御真影(筆者蔵) 津別町の教育勅語 敗戦を終戦と云い換えて70年が経ちます。戦前は、愛国を唱えて戦意高揚し、戦後は転向して売国に勤しんだ朝日新聞は、販売部数を激減させている。与党がマスメディアに、平等報道という圧力?をかけた?与党が優位、2/3を超える議席獲得と褒め殺し?そして改憲、阻止か?自民単独で300議席取り!!、各メディアの報道によって、警戒した有権者が共産に流れたか?本当に勝ったのは公明と共産だけで、宗教とイデオロギーだった。これが公平な民主主義選挙なのか?西山事件と椿事件を思い出せ!!
賢くなれ国民!!右滑稽の筆者より

号 外      北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 00:00Comments(0)持論、討論

2014年03月02日

若者と指導者達へ

悩み深い今日この頃



 狭義の「ゆとり世代」とは、一般的には平成4年度から平成21年度までに“ゆとり教育”を受けた世代を云い、初代の子供たちが新卒入社期を迎えた頃に定義が定着した。
 私が感じるところ
 ①能動力に劣る(指示されないと何をして良いか分からない)
 ②実行力に欠ける(考えが行動に現れない、具体的な行動が伴わない)
 ③意思と意識の共通化が図れない(理解力、読解力、読心力、表現力に乏しい)
など、“大卒”としての知識(学力)に欠如し、“おとな”としての常識(社会生活に必要な最低限の知識)にも欠ける若者をどう育てればよいものか? 
 さて、悪評される“ゆとり世代”であるが、そもそも中堅の能力不足が指摘されるなど、“ゆとり世代批判” に反する意見もある。
 彼らを作り上げたのは、いわゆる“どうにかなるさの高度成長期世代”であり、それに”いけいけバブル世代”の中堅が加わるともう目も当てられない。これらの世代間ギャップは大きく、意識空間を共有するのが難しいのも当然で、先輩たちに指導力があるとも思えない。

  粗製の若者と粗悪な指導層、どこに行くのか? これからのニッポン!!
  品位はなくとも品性に劣ることなく、品格はもってもらいたい先輩たち。
  

Posted by 釣山 史 at 18:04Comments(0)持論、討論

2010年10月31日

告ぐ! わがマチを知れ!!

集え、温故知新!5

地域文化、遺産の活用事例
北見・仁頃はっか公園           再開発計画がある網走旧造船場の捕鯨船    
 事業仕分けではないが、世間で、官公所の無駄な公共施設の建設や過大な公共工事などが叫ばれるようになって久しい。
 一方では、開発という名のもとに旧態依然としたスクラップ・アンド・ビルドを求める風潮も、未だ残っていて、そして国民は、経済最優先の物質主義的な消費文化からは抜け切れないまま、地域が疲弊、衰退するなかで、他方では各地で産業の活性化と再開発が唱えられている。このオホーツク管内でも、話題となっている北見の市庁舎と図書館の移転問題や網走河畔の旧造船場の再開発計画、紋別の中心商店街の再整備計画などがある。
 個々人を尊重する余りに、地域や職域との繋がりが希薄となり、家族関係すら歪なものとなってしまった現代社会において、今、最も求められているのは、金銭的、物質的な豊かさよりも、安心して暮らせるチョッとした心のゆとりではないのか。日本国憲法第二十五条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とあるではないか。
 糊口(生計)のためだけの開発ではなく、生(活)きるための政策であってほしい。活きるための拠りどころ、依代たるマチであって欲しい。
 むしろ心優しく安穏に暮らせる文化的な生活の創出こそが望まれるのではないか。いま一度、チョッとだけ立ち止まって、見渡してみる、見返してみることも必要であろう。我が身の依代たるマチを知り、本当の意味で活きたマチづくりを願いたい。今こそ、郷土愛を!!

~君は郷土を愛しているか!!
①あなたのマチの好きなところは、嫌いなところは?
②あなたのマチの良いところと悪いとことは?
③あなたのマチの特徴は、他に無いところは? 
 ・悪い足りないは言いやすく、良いところをあげることは難しい。
 ・良いところを具体的、かつ詳細に、幾つ語れるか?

再度きく、君は、本当に故郷を知っているのか?

~マチの成り立ち、今の有様を、解説が出来るか?
①我マチの良いところのPRが出来るか?
②他のマチに無い、何か自慢を出来るか?
③将来像、あるいは夢を具体的に語れるか?
 ・余りに郷土について無関心ではないのか。
 ・このマチが、どう発展して来て、何が衰え、何を失ったか、今、具体的に何が必要なのか?
 ・また、表面的な一般論に終始していないか。


地域文化、遺産の活用事例
遠軽・白滝ジオパーク構想           紋別の中心・道路元標
 













 第 - 回 
  

Posted by 釣山 史 at 10:51Comments(0)持論、討論

2008年10月13日

あらためて学芸員力

~とっても悲しい出来事、

 趣味が高じた「博物館に遺跡、史跡」めぐりも、この度の連休で訪問地がさらに増えた。主な目的は登録文化財となった「旧上藻別駅逓所」のための学習にかかる駅逓の再確認であり、遠くは別海・塘路までの現存する駅舎を2カ所(内1カ所は再訪)、有名な駅逓跡が2カ所、近年までその駅舎が現存したところ1カ所、そして鎖塚1カ所を訪問し、そのほか博物館2カ所にアイヌ遺跡1カ所を訪れた。また、天然記念物タンチョウを観察し、阿寒コタンでのアイヌの方との語らいはとっても楽しく、おまけにとってもレアな情報をゲット!(今後の発表に乞う御期待)、まさに文化財三昧の2泊3日であった。
 さて、以前に学芸員についてチョットきつい意見を述べたことがある。資格(認状)があるから「学芸員」なのか、それとも資格(資質と知識)が備わって「学芸員」なのか。今回の旅行でも「お仕事ですか?」と専門員に間違われたりもして、しかし、私はそのような学校に学んでおらず、もっぱら独学であり、この趣味を通じて何か社会貢献をと考えているだけである。
 さてさて、この巡見(?)を終えて帰ってみると、とっても残念なお話しが。私がこのように数年来に渡って実地をめぐり、博物館を訪ね、道立図書館ほか各地の図書館をめぐって、学び、そしゃくしてまとめた「駅逓の解説書(このブログで連載中)」について、地元の博物館長が「そんなのタダの寄せ集め」と言っていたそうな。
 解説書は「網走地方の駅逓」の特徴、あり方をコンセプトに、今までには余り見られない角度からまとめたもので、草稿には江戸期や明治初年の資料なども参考に読んだ書籍は70~80冊以上、これにより地元での新たな発見や余り知られていないことなど、研究と云える側面もないとは云えない。
 それでも、館長にとっては「素人のくだらない文章」に過ぎないらしく、と云うことは今まで「博物館友の会報」ほかに書いてきたこともそう思っているのだろう。当地にはこのようにまとまった駅逓関連書は他になく、仮に評価は低くても(自身は意味があると思っている)、一生懸命学び、文化活動をとする姿を社会教育施設たる博物館が公然と否定する必要はないと考える。結局は「知ったかぶりの素人」程度との認識だったんだなー。今までやってきたことを全否定されて情けなくなった。そんな「博物館友の会」や~めた!! 一応役員でもあり、何かあれば協力してきたつもりであったが、先を行く戦士を後ろから撃つような様に、あらためて地元では活動できないと再認識した非常に残念で悲しい出来事。
 


 北見道路・第一号駅逓跡                        奥行臼駅逓                      旧塘路駅逓                     



 第89回とっても悲しい!  

Posted by 釣山 史 at 23:56Comments(0)持論、討論

2008年07月10日

エッセイ、学芸員力を問う!

~世の中の学芸員にものいう

 最近は大きな話題では無くなったが、公共施設の「指定管理者」化は着々と進んでいる。そして、そのターゲットとされやすい一つが「博物館」であり、しかし、この制度が叫ばれるズーッと以前から「博物館」は世況に左右されて来た。
 この博物館とはいわゆる正式な「登録博物館」とそれに準じた「博物館相当施設」、そしてこれらと活動を同じくする「博物館類似施設」の3つに分けられ、大雑把には「博物館」と「資料館」ということになるが、これらには美術館や文学館、動物園と科学館なども含まれる。
 少し古いデータであるが道内の平成17年4月1日付での「登録博物館」は45ヵ所、「博物館相当施設」は19ヵ所ある(このうち私は28ヵ所を訪問した)。
 自治体によっては「上湧別ふるさと館JRY」を例とするように十分な体制にあるにも関わらず、教育というよりは観光的要素を高めるため、あえて博物館とならないところもあるが、一般的には博物館の指定を受けない、受けれない主な理由は次による。

 
 ◆登録博物館の大きな要件
 ・館長、学芸員等の職員配置
 ・年間に150日以上の開館


 小さな町では、これら博物館たる活動のための経費は大きな負担であり、地方の資料館が土日祝日は閉館、冬期閉鎖の所以はここにあるが、一般者が利用しずらい、利用できない、あるいはその町ではもともと必要度が低いのか、それならはなから要らないのである。
 極端な例だがある道南の資料館へ行った時、「本当に見るんですネ、お金がかかりますよ」とシブシブ電気を点けてということがあり、腹は立つは、呆れるはで、ここは歴史家に有名な地である。
 さて、先年発覚した高校の未履修問題ではないが、そもそもの歴史教育の軽視か、興味を持つ若者は少なく、文化財行政も考古・民族系への偏りから、歴史系の研究者は少ない。特に近現代史が満足に学習されない中で、さらに道内では一部の旧開地を除いてもともと歴史は浅く、そしてこのところの環境ブームもあって、観光と結びついた自然科学系の学芸員が増えたようだ。
 とある道東の有名な博物館へ、その町の開発功労者について聞きに行ったとき、「へー、そういうヒトがいたんですか」と云われ、「貴館の研究紀要にも載っていますヨ」と指摘したところ、「知りません」とにべもなく断られたこともあり、『キッと彼は人間と話すよりは鳥と語らっていたいんだ』と納得した。
 学芸員の諸君、あなた達の使命はいったい何か。博物館とは学芸員の研究のためか、はたして趣味するところか、博物館の器の維持が目的か。個人の資質では済まされない。
 また、道央の大きな博物館では、研究のため、そこにメイン展示されている元の所有者の一族に連絡を取りたい旨、お願いしたところ、横柄なもの言いで「電話帳で調べれば」と言われ、余りの態度に怒り心頭、後で知人に聞いたところ、彼は間もなく配転されたとのこと。
 近々では道内を代表する博物館に、その博物館が専門とするところの資料を寄贈したいと申し出たものの、「お気持ちは基本的にありがたいですが、・・・担当者が不在で」といんぎんに断られた。中身の確認くらいあってもよさそうである。
 学芸員たちの間で、地位の向上、博物館からの解放を唱える風潮がある一方、結構目に付く、来館者を軽んじた態度、素人の横好きを甘く見てはいけない。


-意見のある方へ- 
 私は専門員でも学芸員でもないが、この「歴史の探究」で得たもを通じて、何か社会に貢献できればと活動している。実際に地元以外からも資料の提供や意見を求められることもあり、他のページを見て判断されたし。


第65回学芸員よ!

北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
  

Posted by 釣山 史 at 20:26Comments(0)持論、討論

2008年07月06日

エッセイ、司書力を磨け!

~古本ぐるいの戯言3

 高校生のころには1週間、毎日1冊読破に挑戦したり、「つかこうへい」にハマって読みふけり、今では歴史の考究が高じて古本に熱中し、郷土誌を中心に、自然とアイヌ文学や戦前の北海道文学にも明るくなった。毎月必ず1~2冊は送られてくる古書目録が楽しみのひとつで、古本代の下じきとなる所以であるが、バブルの頃には投機ともなった「古書、書画」も、このところの景気の低迷から販売が落ち込み、また、学生の減少と彼らの不勉強さも売上不振に拍車をかけて、よって価格の低下から私ごときも購入可能となったもので、今では手元に貴重なものも多い。
 私の様に郷土誌に特化した者(私はコレクターではないが)には、その荷動きに波があって、最近はその動きが鈍く、触手の伸びる欲しいものが見当たらない。数年前には研究者の蔵書の処分が相ついで、その内から私のところにも数冊がやって来たが、これは不謹慎ながら誰かがお亡くなりになると流通するということで、また、一時期は公立大学が独立行政法人となったことから資金稼ぎの蔵書の放出が行われ、このときに一生に1・2回あるかないかのチャンスもあって、高額本の購入に貯金もふっとんだ。
 さて、私も短期間ではあるが図書館に配属となったことがあり、それに歴史の探求のためから結構、あちこちの地方図書館を巡っている。この地方図書館では「図書館まつり」などで古本市をやっていたりして、このごろはご無沙汰であるが以前は良くこれを利用した。驚いたことに戦前の貴重本が古本市のタダコーナーに並んでいたり、時価数万円の本が100円だったりもして、先にも述べたが大学が流出させることも多い。
 子どもや若い世代の読書離れが叫ばれて久しいが、実際には大人の未読率もヒドイもので、理解力(読解力)の低下には目を覆うばかりで、また、近々は書店や図書館に新聞の書評や広告を手に来所する者が多く、そのヒトまかせのランキングに頼った選書にはヘトヘトである。
 これは図書館の司書にも云えることで、単に貸出数を増やすためか、はやり本ばかりに気がいくばかりで、本人は気づいていないが、新たな選書は2年もたたずにほとんど手に触れられなくなってしまう様な、一部のヒトのための三文小説が中心となっていることが多い。そうして結果的には読書者の固定化につながり、これに司書の個人的趣味が加わってくると、もう目も当てられず、いかに良本を選択し、紹介するとかと云う基本的に求められる司書力が低下している。
 ここにはもう一つの問題がある。それは読書機会を増加させることが図書館としての命題であり、その効果を要求されるあまりに、唯一数値として表わされる「貸出数」の追及に走るのであり、走りざるをえないとも云える。仮に図書館機能が総合的に向上して利用者が増加したとしても、遊びに来館する子ども、散歩がてらにやって来た高齢者、ビジネス書や学習書を閲覧する者はカウントされないし、郷土誌や研究書、美術書、図録などの貴重書や高額本は貸し出し禁止なのである。
 近隣には地域の文化・情報センターとしての使命感のなか、利用者低下で必死な図書館がある。財政の苦しい町では行政のスリム化が必要とされ、せっかく同設であった児童館が閉鎖された。子どもらとその親たちの利用が大きく減った一方、図書購入費は抑制され、指定管理者制度(田舎では専門的資格者の確保がむずかしい)への移行圧力が高まる。この蔵書は少ないが地元情報の集成に優れた小さな図書館では、図書館の枠を超えた社会教育の中核施設たろうと日夜努力している。
 しかし一般的なお話しとして、狭義・狭意でしかない図書館では「読書機会の増加」=「貸出機会の増加」と結びついて、読書の全体的な向上とはならずに質を問わない、俗に迎合した単なる貸本屋へと成り下がり、一番の使命である良本の紹介やその保存はなされずに、絶版となった優良図書や郷土資料が廃棄され、せっかく寄贈された「いわゆる文献的なもの」はお蔵入りとなってしまう。
 とある著名な図書館長さんとお会いする機会があって伺ったお話しをふたつ紹介する。
 ある超一流国立大学の学生が司書実習に来た。そして学生はこの図書館は程度が低いと云う。自分が知る本が全くなく、たいしたことはない図書館だと云うのだ。その一丁前の言動に、試しに日本文学全集を点検させてみたところ、驚いたことに「夏目漱石」を知らないばかりか、名作と呼ばれる作品をほとんど読んでいないことが判明、それでも「僕は図書館学を学んだ一流大のエリートだから、この一地方都市で幹部となって、教育に貢献する」とのたまわったそうだ。文学は受験の必須性に薄いが、それにしても程度が低いのは彼自身である。
 もうひとつのお話し。この方が館長に就任する以前に、たまたま図書館を訪れたところ大掃除をしていた。外出しされたその古い本箱をひょいと開けて見ると何と江戸時代からの古書がたくさん、古くて汚いから捨てるのだと言う、廃棄をやめさせて後で分かったことだが、それには日本で数冊しかない、非常に貴重な学術書が混じっていたそうで、大ベテランの司書さんいわく、「私が入ったときから倉庫の片隅に置かれていた」と云う。
 極端な例ではあるが、これに近いことは各所でめずらしくないからイヤハヤで、そう言えば、ウチの図書館で貰いっぱなしで眠っていた水産図書の数々、どうしちゃったのかな、せっかく私が分類整理したのに。きっと管内一の水産蔵書となるであろうに。


-意見のある方へ- 
 私は司書でも学芸員でもないが、この「歴史の探究」で得たもを通じて、何か社会に還元できればと活動している。実際に文献の照会もあり、他のページを見て判断されたし。


 第64回辛口論評、読書力と司書力を問う!

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Posted by 釣山 史 at 05:47Comments(0)持論、討論

2008年03月20日

わたしの旅100選(シブノツナイとモヨロ遺跡)

~集え、温故知新!2                                       
                                                         モヨロ遺跡
 今から7年まえに紋別市で「歴史地理学会」が開催されて、湧別町のシブノツナイ竪穴住居址と川西遺跡を巡検した。このとき学生達だけではなく、先生方も皆、ボコボコと住居址が続く内地では見られない原風景に只々感動していた。地元民の私にとっては常呂河口にしろオムサロにしろ、鈍感となり、当りまえに感じてしまう。
 そして平成17年には文化庁によって、「旅」を通じて日本の歴史と文化を知ろうと云う「わたしの旅百選」が選定され、道内でもこの地域を含む次の6つが選定された。


 1.世界自然遺産「知床」を訪ねて
 2.開拓史のシンボルマーク(★)を探せ!
  ~北海道の開拓歴史を学ぶ旅~
 3.小樽発”鰊漁場の跡”をたずねる旅
 4.北の大地への感謝と祈り~縄文文化・アイヌ文化への旅
 5.旧石器時代を体験する旅・オホーツクの古代遺跡を訪ねて
 6.屋根のない博物館「そらち炭鉱回廊」を行く

 北見の遺跡をたづねて 後藤寿一(蝦夷往来/昭和7年)抜粋
 さて、この3月15日に遠軽町で「はまなす財団」主催の「オホーツクの古代遺跡と路、川、海を連携した地域振興の可能性をさぐる」と題した「オホーツク地域観光振興シンポジウム」が開催された。東京大学名誉教授の藤本強さんの基調講演の後、北海道埋蔵文化財センターの畑宏明さんほかにより、「北海道遺産を活用した観光振興とまちづくり」、「オホーツク観光の連携のあり方について」が熱く語られた。
 今また、北海道では「世界遺産(文化遺産)」として常呂遺跡や標津遺跡群などからなる「北海道東部の窪みで残る大規模竪穴住居跡群」の指定を推し進めようとしている。そうして、ここは懐に知床国立公園を抱いてラムサール登録の「濤沸湖」や「野付半島・野付湾」ほかの湖沼群が連なる自然豊かな地域でもある。
 ちょうど10年まえの網走市でのオホーツク人を題材とした「ANAオホーツク歴史シンポジウム」では「オホーツク歴史浪漫と古代遺跡を巡る3日、4日」ツアーに東京・大阪ほかから50人が参加し、シンポジウム全体では400人以上の歴史ファンが集まった。それは文化を活用した、これからの「目的のある、こだわりを持った旅」の斬新的な試みだったと思う。
 まずは地元民が郷土を深く理解し、あらためて見つめ直すことが重要であり、そして、そのイイきっかけとなるだろう。

 
シブノツナイ遺跡の住居址群










オムサロ遺跡公園、遺跡から望むオホーツク海

第37回文化活動(関連/第44回、第56回)


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Posted by 釣山 史 at 14:14Comments(0)持論、討論