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2013年06月26日

岩見沢の鉄道遺産



JR岩見沢レールセンター(旧・北海道炭礦汽船鉄道岩見沢工場) 北炭マークの五稜星がシンボルの総赤煉瓦造り。明治25年に岩見沢~室蘭間の鉄道が開通し、それに対応するために同32年頃に建設されたという。車両製造と修理に当たった。現代に残る代表的な近代建築として建築学会の『日本近代建築総覧』に掲載され、経済産業省の『近代化産業遺産』およびJRグループ(旧国鉄)の『準鉄道記念物』に指定されている。 岩見沢市みなみ公園の蒸気機関車2両。(左)昭和14年日立製作所笠戸工場製のD5147は、室蘭本線をはじめ、幌内、万字、歌志内線を、(右)昭和15年三菱重工業神戸造船所製のC57144は、主に室蘭本線を駆け抜けて国内重工業とエネルギー産業の発展に大きく寄与した。






























第352回 岩見沢の鉄道遺産      北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 00:00Comments(0)鉄の部屋(軌道・鉄道)

2013年06月22日

五榜の掲示2



五榜の掲示を買った。五榜の掲示とは、五箇条の御誓文が公布された翌日(慶応4年3月15日)に明治政府(太政官)が最初に発布した五つの禁令である。新政府は、徳川幕府を踏襲し、その第三札でキリスト教を禁止した。しかし、それに『切支丹邪宗門ノ儀』の表記があるのに欧米諸国が反発、慌てた新政府は表記を「切支丹」と「邪宗門」に分割し、そのそれぞれを禁止すると改正した。閏4月4日 先般御布令有之候切支丹宗門ハ年來固ク御制禁ニ有之候處其外邪宗門之儀モ總テ固ク被禁候ニ付テハ混淆イタシ心得違有之候テハ不宜候ニ付此度別紙之通被相改候條早々制札調替可有掲示候事 (別紙) 一 切支丹宗門之儀ハ是迄御制禁之通固ク可相守事 一 邪宗門之儀ハ固ク禁止候事 慶應四年三月 太政官

















第351回  新政府のキリスト教禁止令             北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 08:42Comments(0)トピック

2013年06月20日

戦時遺産を残そう!!

 この15・16日に北海道史研究協議会の研究大会に参加しました。私は情報交流会で道東北の戦時遺産の保存状況についてお話しました。元某市教委の方が、現職時代に奉安殿を文化財にしておけば良かったと。話題に花が咲き、こうして右傾の仲間を増やしているのだ。






























道東北で戦時遺産の見直しが進む ~文化財指定ほか保存の状況 ◆旧海軍大湊通信隊稚内分遣隊幕別送信所  (通称・稚内赤レンガ通信所) 昭和6年に送信所として建設されたレンガ造りの隊舎と倉庫が残る。当時は、アンンテナがそそり立っていたと云い、太平洋戦争では、一個中隊が配備され、大本営と最前線を中継した重要施設であった。稚内市歴史的建造物。 昨秋、釧路と十勝の戦時遺産を探索した。道東北では、一昨年の冬、稚内市の旧海軍幕別送信所の一部が積雪のために倒壊し、広尾町では野塚トーチカが海岸段丘を落下して話題となった。 この送信所は市の歴史的建造物であり、地元では通称・赤レンガ通信所と呼ばれて親しまれ、稚内市歴史・まち研究会と北海道建築士会宗谷支部が被害状況を調査し、現在、修築中である。しかし、この種のものの多くは、ごく一部の歴史愛好家が趣味的活動として来たのが実態であり、専門家や行政による保存事業は稀であった。最近、別海町に残る奉安殿が町の有形文化財となったが、学芸員によると思想的アレルギーもあり、指定にはたいへん苦労したという。大樹町では、歴史的に価値があるとしてトーチカが整備保存され、広尾町は、トーチカを記念物に指定した。観光的ではあっても文化財として残された意義は大きい。また、帯広市などは、平和推進事業の一環として防空壕跡に標柱を設置した。広尾町の豊似小学校にある二宮尊徳像は、戦時の金属供出のための陶製で、当時を物語る貴重な遺物であるが、著名な窯元で焼かれた備前焼は、本来の焼物としての価値も高い。 ◆旧柏野尋常小学校奉安殿 この5月に町有形文化財に指定された。役場庁舎の玄関を模して昭和12年に建設されたという。 ◆広尾町のトーチカ群 広尾町には12基のトーチカが現存する。同町は、戦時遺産を観光に活用しようと、新生トーチカを記念物に指定し、遊歩道を整備した。 ◆大樹町浜大樹のトーチカ群 大樹町では、15基が確認され、誘導看板や解説板が設置されている。 ◆豊似小学校の二宮尊徳像  青銅製が戦時供出されて陶製になった。製作は、岡山県備前市伊部の窯元・六姓木村家の木村興楽園である。同じものが紋別市の渚滑小学校にもある。 ◆旧日本軍トーチカ跡 網走市市制施行50年記念事業で設置された史跡標柱。網走歴史の会の調査では、市内に8カ所が確認できるという。 ~そのほか貴重な現存物 ◆美幌駐屯地 昭和15年に建設された旧海軍施設が27棟残り、火薬庫跡や米軍ハウスなどもある。本部隊舎は船先を模したもので玄関ドアは当時のまま。資料館「北辰館」には、戦闘機のタイヤや代用陶製の手榴弾などめずらしいものもある。 ◆旧計根別第一飛行場掩体壕跡 第二次大戦中、敵から飛行機を守るために建設された壕。根釧台地には美幌航空隊ほか標津、中標津、根室に飛行場があった。 ◆本岐国民学校(津別町)に残る詔勅類 これほど多種の詔勅類が、まとまって残されている例は、極めてめずらしい。 名称 公布等月日 備考 教育ニ関スル勅語 明治23年10月30日 天皇のお言葉を借りて政府の教育方針を示したもの 東京帝国大学ニ御臨幸ノ際賜ル御沙汰 明治37年 7月11日 日露戦時に於ける教育励精のお言葉 戊申詔書 明治41年10月13日 国民規範をうたう第二の教育勅語というべきもの 教育ニ關スル御沙汰 大正 4年12月10日 御大礼に際し、教育者へ彝訓の対揚を求めたもの 文部省訓令第8号 大正 4年12月11日 ④または⑤に添えられた 国民精神作興ニ関スル詔書 大正12年11月10日 大震災後の社会的・思想的な混乱を戒めたもの 教育ニ関スル御沙汰 昭和 3年12月10日 御大礼に際し、教学の振興を述べられたもの 教育ノ任ニ在ル者ニ対シ下シ給ヘル勅語 昭和 6年10月30日 東京高等師範学校六十周年記念式典でのお言葉 文部省訓令第21号 昭和 6年10月31日 ⑨に添えられた 小学校教師ニ賜ワリタル勅語 昭和 9年 4月 3日 全国小学校教員精神作興大会でのお言葉 青少年学徒ニ賜ハリタル勅語 昭和14年 5月22日 戦時体制へ向けての学徒の心構えをうたったもの 青少年学徒ニ賜ハリタル勅語(読み解説)  昭和14年 5月22日 ⑫に添えられた












第350回  北海道史研究協議会研究大会             北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/