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2011年04月26日

ブログ目録・「廃鉄」の部屋

にわか「鉄」の部屋



259/名寄のSL除雪車
 ~美しい名寄のキマロキ。
278/にわか「鉄」の巻9
 ~瞰望岩のSLとラッセル車(遠軽町)。
243/旧思沙留川鉄橋・旧名寄本線
 ~潮干狩りに行った鉄橋。
242/室蘭のSL
 ~株式会社 テツゲンの機関車。
238/にわか「鉄」の巻8
 ~旧渚滑駅機関庫と9600型蒸気機関車。
237/にわか「鉄」の巻7
 ~北見滝ノ上駅資料館。
234/にわか「鉄」の巻6
 ~国有鉄道士幌駅跡。
号 外/北海道文化財保護協会に入ろう!!
 ~湧網線・相生線、ラッセル車とママさんダンプ。
204/にわか「鉄」の巻5
 ~旧相生駅の迫力ある除雪車。
202/道東北の近代建築
 ~旧国鉄士幌線第五音更川橋梁と旧国鉄根北線越川橋梁。
190/歴旅・温泉、新得編
 ~旧国鉄新得機関区のSL広場、D5195号。
177/鶴居村の奉安殿
 ~鶴居村軽便鉄道のDL機関車と自走客車。
158/にわか「鉄」の巻4
 ~ハクチョウと流氷が来た湧網線。
156/にわか「鉄」の巻3
 ~オホーツク廃線の遺構、名寄本線と興浜南北線。
148/にわか「鉄」の巻2
 ~車掌はあなた、運転士はわたしのトロッコ軌道。旧美幸線。
147/にわか「鉄」の巻1
 ~鉄が行く、道東の鉄道資料館。旧士幌線、旧JR標津線。
119/鴻之舞金山の機関車
 ~鴻紋軌道車の行方。
25 /大正、渚滑線のはじまり
 ~紋別に見る殖民時代の鉄道敷設運動。
 

 北海道鉄道速成計画図、渚滑線、縦貫鉄道期成会、鉄道院総裁・床次竹次郎、滝上の鉄橋、鴻紋軌道、鴻之舞、丸瀬布森林公園いこいの森、十勝上川森林鉄道、マイニングロコ、人車、鉱車、ミキサー車、旧士幌線、十勝三俣機関庫、旧幌加駅、アーチ橋、上士幌町鉄道資料館、別海町鉄道記念館、旧西春別駅跡、D51-27蒸気機関車、中標津町郷土館、旧美幸線、旧仁宇布駅、トロッコ王国、旧名寄本線、旧興浜南線、旧興浜北線、上興部鉄道資料館、SL9600型、旧中興部駅、旧沼の上駅、旧卯原内駅、旧計露地駅、旧五鹿山仮乗降場、旧中湧別駅、網走常呂自転車道線・サイクリングロード、旧相生線、旧北見相生駅、相生鉄道公園、キューロク型、9600型、渚滑駅機関庫、北見滝ノ上駅資料館、旧士幌駅、旧国鉄根北線越川橋梁、旧国鉄士幌線第五音更川橋梁、新得町SL広場、鶴居村軽便鉄道、標津線
  

Posted by 釣山 史 at 13:05Comments(1)ブログ目録

2011年04月24日

歴旅・温泉、尾岱沼編

  道立自然公園に指定される野付半島に囲まれた野付湾には、塩性の湿地を中心に周辺に大自然が広がり、稀少なアッケシソウやノハナショウブの大群落などが見られます。平成17年には、『野付半島・野付湾』の地域がラムサール条約に登録されました。 湿原には、天然記念物のタンチョウやオジロワシ、オオワシが姿を現し、オオハクチョウ、シギ・チドリ類、カモ類などが集う野鳥の楽園です。 湯元尾岱沼温泉 シーサイドホテル ホテルから眺望する野付湾は、自然の宝庫。野鳥たちが集い、打瀬船が漂い、最近では、海面越しに映ろい変化する御日様、四角い太陽が話題となっています。 野付湾で獲れたシマエビや近海の新鮮な魚介類が食べられます。 〒086-1642 北海道野付郡別海町尾岱沼岬町29番地 ℡0153-86-2316 Fax86-2003 ●原泉 55℃ ●湧出量 192㍑/分 ●泉質 ナトリウム塩化物泉 ●泉質 pH7.9 ●温度 内風呂42~44℃ ~温度を下げるためか、加水あるも掛け流し。浮遊物があり、とってもしょっぱい。温度は高いが柔らかい湯。露天は、やや温めでゆったり長湯向け。 ●料金 ☆宿泊料 8,500円~12,700円(1泊2食)要相談 ☆日帰湯 大人500円/小人200円







































































第239回 別海の尾岱沼温泉        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 13:17Comments(0)旅と温泉

2011年04月22日

野付半島の探索

~すばらしい!! 野付通行屋・番屋跡遺跡めぐり 

第238回 別海の遺跡旅        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/

第282回へ再編集移転しました。   

Posted by 釣山 史 at 20:30Comments(0)北海道の歴史

2011年04月13日

にわか「鉄」の巻8

渚滑駅跡・旧渚滑線②
~本線でありながら廃線となった名寄本線と支線・渚滑線

9600型蒸気機関車~69644~
 キューロクの愛称で親しまれた中型機関車の代表である9600型は大正時代に作られ、大きなボイラー、低い蒸気溜とサンドボックス、それに独特のスポーク動輪が特徴で低速高出力型の代表的貨物用機関車です。
 69644号機は、戦前は東海道本線、戦後は、名寄本線で木材、石炭、生活物資などの貨物列車をけん引し、ジーゼル化するまで使われ、昭和50年7月に勇退しました。
  案内看板より
 渚滑線開通記念えはがき 
 1.型式番号:  69644
 2.製造年月日:大正11年12月1日
 3.廃車年月日:昭和50年7月18日
 4.製 造 所: 川崎車輛会社
 5.配属機関区:遠軽機関区
 6.運転路線:  名寄本線
 7.走行距離:  2,301,095Km


 旧機関庫
 












第237回 旧渚滑線の機関庫とキューロク形        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 20:20Comments(0)鉄の部屋(軌道・鉄道)

2011年04月10日

にわか「鉄」の巻7

北見滝ノ上駅・旧渚滑線①

 ・大正12年11月5日に、名寄線の「渚滑駅」から「北見滝ノ上」までの渚滑線が開通。
 ・昭和53年12月1日に全線の貨物営業を廃止。
 ・昭和56年9月18日に第1次特定地方交通線に指定。
 ・昭和60年4月1日、全線が廃線。

  請願書/滝上町郷土資料館(SL館)蔵
 当初は、地元の有力者であった「岩田宗晴」道議が士別から滝上に至る経路を提唱、つづいて渚滑村(現紋別市渚滑、同上渚滑、滝上町)は、上興部から滝上を経て渚滑に至る路線の開通をめざし、全村あげての「縦貫鉄道期成会」を結成した。このとき滝上地区の全住民が政友会へ入党し、時の政友会幹部で鉄道院総裁の「床次竹次郎」へ陳情したと云うエピソードも残っており、結局は渚滑-滝上間の単独線として開通した。
 渚滑線は、紋別郡の内陸部の農林資源の開発を目的に、『軽便鉄道法』によって計画されたもので、これによって橋梁や農地へ被害をもたらしていた渚滑川の流送は廃止され、木材の滅失や品質の低下は軽減されて、関東大震災後の復興事業とも重なり、木材業が活況し、また、農産物やでんぷんの生産など、原野奥地の開発は目覚しく発展した。
 滝上町郷土資料館には、SLが展示されている。






























第236回 殖民軌道、渚滑線の陳情        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 21:35Comments(0)鉄の部屋(軌道・鉄道)

2011年04月08日

魅惑の縄文 十勝編②

~幕別町ふるさと館

〒089-0571
 北海道中川郡幕別町字依田384番地の3 ℡(0155)56-3117
 開館:午前9時~午後5時
 休館:月・火、年末年始(12月30日~1月5日)
 料金:小・中学生100円、高校生以上200円


 宇宙人にも似た”斜光器(しゃこうき)土偶“は、よく知られているが、縄文早期の初期型は板状であったもので、これを”板状(ばんじょう)土偶“といい、東日本において、特に青森県や北海道南部で発達した。なかでも「青森県三内丸山遺跡」から出土した大型板状土偶は、重要文化財として有名だ。
 そして北海道では、蘭越のナイベツ川付近で発見された”男性形土偶“や鷲ノ木遺跡で出土の板状土偶が知られており、最近では、平成20年に余市町栄町7遺跡から”女性形土偶“が発見された。
 しかし、板状土偶の中心は道南地方であり、八雲町熊石鮎川洞窟遺跡、七飯町大中山遺跡、木古内町札苅遺跡、福島町館崎遺跡などがあげられ、そういう意味から、道東十勝の幕別町札内N遺跡で発見された板状土偶は、非常に珍しく貴重なもので、”船形土製品”といっしょに見れる。




























第235回 幕別の縄文        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/






  

Posted by 釣山 史 at 21:31Comments(0)北海道の歴史

2011年04月06日

アイヌ文化の伝承

 吉田菊太郎は、明治29年にチロットコタン=白人古潭(現幕別町千住)の酋長の家に生まれる。若い頃、違星北斗と「アイヌ一貫同志会」を結成して売薬の行商をしながら道東を巡ったという。
 自らの反省のもと、禁酒を誓い、昭和4年に「白人矯風会」を結成してアイヌ人の生活改善活動を開始し、昭和15年には、祖先の文化を残そうと「北海道アイヌ文化保存協会」を組織して器物の収集を始めた。

◆蝦夷文化考古館
 その後、いつの間にか消えて行っている民族の生活道具や伝来の宝物を本格的に保存しようと収蔵館の建設を決意。散逸するアイヌ人の器物と寄付金の提供を願い、広く道内各地、東京方面と奔走し、昭和34年12月に「蝦夷文化考古館」は落成した。
 平成5年2月に盗難に合い、エムシやパスイ、トゥキなど、展示品のおおよそ1/4が失われるという危難に見舞われたが、陣羽織など、今もなお貴重な品々が展示されている。

〒089-0563
 ・開 館:午前10時から午後4時まで
 ・休 館:毎週火曜(祝日の場合はその翌日、年末年始)
 ・入 館:無料
 ・ところ:北海道中川郡幕別町字千住114番地の1
                   ℡0155-56-4899




















第234回 アイヌ資料館        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/  

Posted by 釣山 史 at 07:47Comments(0)郷土の語り

2011年04月04日

もんべつの植樹祭

 自然の森に育まれていた襟裳地方は、明治以降の開発によってしだいに砂漠化し、表土が海に流入するなど海岸も荒れ、それまで豊かであったコンブやサケ・マスは姿を消してしまった。そこで地元漁師らが植樹を始めたのは、昭和28年のことだ。
 昭和62年には、道漁婦連が「おさかな殖やす全道一斉「植樹」活動」の実施を決定し、翌年から「百年かけて百年前の自然の浜を」をキャッチフレーズに「お魚殖やす植樹運動」が始まった。
 紋別漁協女性部でも昭和38年にサクラを植樹するなどの活動が始まり、同51年からは「市民植樹祭」の開催となり、現在は、「オホーツク魚の市民植樹祭」と形をかえて、地球環境や生態系の保全にも貢献している。


今年も恒例の春の植樹祭を行います。

第16回「オホーツク魚の市民植樹祭」の開催

 ・と  き:5月22日(日) 雨天決行
 ・集合場所:10時、スキー場駐車場
 ・植樹会場:市民の森(旧水源地の奥)、10時30分開会
 ・無料!! カニ汁、ホタテ貝焼き、日曜大工用の端材の配布
 ・主催:紋別市、紋別漁協、紋別漁協女性部

 (事務局:市~0158-24-2111、漁協~0158-24-2131)
 ~詳しくはチラシをご覧下さい。




































-号 外-  

Posted by 釣山 史 at 11:14Comments(0)トピック

2011年04月02日

にわか「鉄」の巻6

士幌線2・旧士幌駅 

~士幌町史跡/国有鉄道士幌駅跡
 大正14年(1925年)12月10日に、帯広~士幌間が開通して士幌駅が開駅する。この時の駅は、ほかに木野駅・音更駅・駒場駅・中士幌駅。翌15年7月には士幌~上士幌間が開通し、昭和14年11月に十勝三股までが延伸全通。昭和30年8月、糠平ダムの建設のためにルートが変更となり、同年10月には気動車が運行を開始する。昭和32年12月、33号に簡易乗降揚北平和駅が開駅、同41年10月、19号へ仮乗降場新士幌駅が開駅した。
 昭和53年12月に糠平~十勝三股間がバスの代行となり、上士幌~十勝三股間の貨物営業を廃止、同58年には全線の貨物営業を廃し、昭和59年に第2次特定地方交通線に指定される。
 そして昭和63年3月22日、ついに全線が廃線となった。士幌駅の乗客数の最高は、昭和40年の一日平均533人で、同じく貨物の最高取扱量は、同45年の83,000t。

















































第233回 名線・士幌線、パート2        北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/   

Posted by 釣山 史 at 19:14Comments(0)鉄の部屋(軌道・鉄道)