こんぶの話し

釣山 史

2008年07月13日 15:11

~もんべつの昆布

 「こんぶ」の語源はアイヌ語で「コンプ」といい、また、「広布(こうふ)」とも書いたことから転訛したと云われ、すでに平安初期の『続日本紀』には昆布の記述が見られて、鎌倉時代の中頃には北海道と本州との交易が行われて、江戸時代に入り「北前船」による大阪から九州、沖縄、中国へと続く「昆布ロード」が出来あがって、北陸や関西での消費も多く、昆布を一番よく食べるのは沖縄人だそうです。昆布の生産の8割以上は北海道産です。
 紋別地方の昆布漁の始まりは文化年間(19世紀初頭)で、「黒昆布」とも「ダシ昆布」とも云われる利尻昆布です。この利尻昆布で取ったダシは香りが良くにごらず澄んでいて、伝統的な京料理には欠かせないもので、また、昆布は神事や儀礼に多く用いられ、結納の5品のひとつにあげられます。
 漁期は7~9月で主に2トン未満の船外機船で漁獲され、カギやネジリ、マッケと呼ばれる独特の漁具を使います。昆布は秋から冬にかけて胞子を放出し、春から夏にかけて急速に成長しますが、1年目は「水昆布」と呼ばれて味に劣り、秋ごろからはいったん身が細って末枯れし、翌年には残った根が再び成長して成昆布となります(概ね2年性)。


明治時代の昆布漁
第66回こんぶ





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