さぽろぐ

  文化・芸能・学術  |  その他北海道

新規登録ログインヘルプ


2016年11月20日

顕正寺の古い掛軸、紋別太子講

二百年以上前の掛軸

紋別では、明治四十一年に大工たちが浄土宗顕正寺に太子堂を建立して太子講祭が始まった。昭和二十七年に寄進を受けた皇太子の掛軸には、「天明元歳(一七八一年)奉開眼聖徳太子」と記されている。静岡県袋井市の真言宗篠ヶ谷山岩松寺から伝わったもので、岩松寺では、大工の棟梁に対して、免許皆伝の秘伝書を与え、太子講の絵讃(掛軸)を発行した。遠江・三河だけではなく、家康に従って下った江戸大工とも関係が深かったと云い、寄進者は、このいずれかの系譜の者であろう。 遠州から伝来の聖徳太子絵讃 紋別市の顕正寺 太子堂にて

第401号 紋別の太子講2     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/ 


同じカテゴリー(北海道の歴史)の記事画像
寄鯨伝説と近年の漂着例
集落名に見る母村
マルキ号製パンの跡 2
御真影奉安殿
青函連絡船概史
海の日は明治丸の歴史
同じカテゴリー(北海道の歴史)の記事
 寄鯨伝説と近年の漂着例 (2017-07-26 20:40)
 集落名に見る母村 (2017-07-26 07:17)
 マルキ号製パンの跡 2 (2017-07-24 19:39)
 御真影奉安殿 (2017-07-22 05:50)
 青函連絡船概史 (2017-07-20 19:30)
 海の日は明治丸の歴史 (2017-07-17 06:34)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
削除
顕正寺の古い掛軸、紋別太子講
    コメント(0)