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2011年06月16日

紋別の草鹿邸

旧・草鹿犀之介邸 昭和2年で、総工費が2万円はかかったというタール黒塗り下見張りの洋館でいわゆる文化住宅。洋和室に備えられたペチカなどは、当時の寒冷地対策を良く現しており、1階洋間の変形出窓とそれに連なる屋根は特徴的。草鹿犀之介は、明治31年に石川県に生まれる。父は、マルクスを日本国内に始めて紹介した経済学者で、のちに住友家の理事となった草鹿丁卯次郎。実兄は、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦などの参謀長を務めた草鹿龍之介中将。伯父に判事を経て衆議院議員となった草鹿甲子太郎、従兄に南東方面艦隊司令長官の草鹿任一中将がいる。盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)を卒業後、大正11年に紋別市元紋別に入り、一農民として自ら大規模な農場を経営、昭和7年に当時としては反産運動へと繋がる紋別で最初の産業組合を発足させ、農民の生活の向上に努めた。昭和5年にはフォードソン・トラクターを購入するなど、畜力や機械力を利用した農業の近代化を図り、また、実習生を積極的に受け入れるなど、農業界と地域に大きく貢献した。
























































第250回 紋別の美しい洋館         北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/


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