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2015年06月20日

紋別の特徴ある建築物



今、注目すべき紋別の建築物4棟 各地で姿を消す円形校舎 「旧紋別児童館」は、昭和41年度に建設された木造モルタル平屋の二連八角堂で、昭和30年代に流行した円形校舎を模したと思われる。最初の円形校舎は、昭和28年設計の金沢市の金城高校と云われ、窓に囲まれたモダンな校舎は、教室をドーナツ状にバームクーヘンを切り分けたように配置した。戦後、物資不足のなかでのベビーブームに対応するためで、建築面積と壁面積を抑えたローコスト校舎として考案されたが、一時のブームに終わった。道内には十数棟が建設され、近年、老朽化による取り壊しが進み姿を消しつつある。 草鹿家住宅(旧草鹿農場事務所) 昭和2年で、総工費が2万円はかかったというクレオソート黒塗り下見張りの洋館でいわゆる文化住宅。洋和室に備えられた2つのペチカなどは、当時の寒冷地対策を良く現しており、1階洋間の変形出窓とそれに連なる楔形屋根は特徴的。農業実習生の研修所や地域の集会所として利用された。建築主の草鹿犀之介は、明治31年に石川県に生まれる。父は、マルクスを日本国内に始めて紹介した経済学者で、のちに住友家の理事となった草鹿丁卯次郎。実兄に真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦などの参謀を務めた草鹿龍之介中将、ロッキード事件で田中元首相の弁護を務めた草鹿浅之介がおり、祖父は判事を経て衆議院議員となった草鹿甲子太郎、従兄に南東方面艦隊司令長官の草鹿任一中将らがいる。 武徳殿(旧光風殿) 「光風殿」は、入母屋造神殿風の武道場。昭和15年に東洋一と呼ばれた鴻之舞金山に青少年の健全育成を目的として建設された。戦後、市中心部においても青少年の鍛錬の場を建設しようと機運が高まり、光風殿を住友鴻之舞鉱業所から譲り受けて移転復元し、「武徳殿」と名称を変えて現在に至る。この活動の中心には松崎隆一(小説・蟹工船の鬼監督のモデル)があった。戦前・戦中においては各地に武道場が建設されたが、北海道開拓の村にある「旧札幌師範学校武道場」に比べても規模が大きく威風堂々、意匠的にも歴史的にも貴重である。 旧宇津々小学校の奉安殿 オホーツク管内では、紋別小学校が他地域に比べても早い、明治26年7月に教育勅語を奉戴し、翌27年5月には御真影が下賜された。敗戦後のGHQの指導下のもと、昭和21年7月に奉安殿の撤去が決まり、そうして同23年6月19日の衆参議院の議決をもって教育勅語は完全に失効し、文部省は同月25日に教育勅語謄本の回収を通知した。奉安殿とは、学校などで「御真影」や「教育勅語」を保管した別棟のことで、市内には4棟の奉安殿が現存し、宇津々では、学校近くの八幡宮へと移設されて、今もお社として利用されており、近年、急速に痛みが進んでいる。漆喰塗りの装飾が美しく、以前は当地で盛んであったホタテ貝殻を用いたと推測する。文化財的価値は非常に高い。
第376号  特徴ある紋別の建築物     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/


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