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2015年01月12日

スキーと磯焼け


寒中お見舞い申し上げます。戦後70年、流氷がより、よりよりトッカリも顔を出し、寒さもより厳しき折り、昨年よりも、より良い年でありますよう、心よりご祈念いたします。皇紀二六七五年吉日 ○スキーと磯焼け 本道のスキーの始まりは、明治39年にイギリスの外交官が、札幌の軍人に贈ったとも同41年に札幌農学校のコラー先生が生徒に教えたとも云う。後の明治45年にレルヒ少佐が、第七師団でも指導したが、このときはストックが1本だった。2本ストックのスキーは、大正3年にノルウエーから帰った同大の遠藤吉三郎先生が生徒に指導したことで札幌に広まり、また、明治26年頃?に出稼漁夫がカムチャッカから持ち帰ったストー(先住民のスキー)で遊んだと明治のエッセイスト・河合裸石が語っている。さて、吉三郎先生は、初めて「磯焼け」を定義した日本海藻学の先駆者のひとりで、昨年、京大白浜水族館で、100年前に博士が撮影した大量のガラス乾板が見つかり話題となった。写真集「海藻寫眞帖」ほかの原版はきわめて貴重である。本市2月の北方圏国際シンポジウムでは、希望者に「海藻減少に関する注意(明治36年)」と「海藻磯焼調査報告(明治41年)」の写しを差し上げます。 越前高田の1本ストック・スキー 釣山史(紋別市水産課員、北海道文化財保護協会員)
第370号 北海道のスキーの歴史      北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/

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