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2008年02月03日

一番詳しい、ガリンコ号のお話し

~北海道遺産/ガリンコ号の歴史

□ガリンコ号とは「アルキメデスの木ねじの原理」を応用したアルキメディアン・スクリューと云う大きなドリルでガリガリ進むことから名づけられた流氷砕氷船。最初に流氷観光を手がけたのは稚内市の東日本海フェリーであったが、専用船ではなかったために氷海には限界があり、このときの運航継続は困難だったが、後に紋別市の「ガリンコ号」が登場すると流氷クルーズは一躍脚光を浴びて、平成3年2月には網走市に「おーろら」が就航した。

初代ガリンコ号のドリル
◆初代ガリンコ号
 もとは三井造船㈱がアラスカ油田の開発のために建造した実験船で船名を「おほーつく(ASV/アルキメディアン・スクリュー・ベッセル)」と云い、昭和56年12月26日に建造された時は2本のドリルだったが、同58年には4本となった。
 その前身のAST(アルキメディアン・スクリュー・トラクター)はトラクターのタイヤの代わりにドリルを付けて、サロマ湖や紋別港で試験が行われた。昭和63年の10月に氷海に閉じ込められたクジラを米ソで協力し、救出して大きな話題を呼んだが、その時に活躍したのがAST2号機で、最初の1号機は紋別に残り、現在はガリンコ乗り場に展示されている。
 その縁もあって昭和60年の実験終了に際し、巨大なドリルで厚さ50cmの氷を砕いて進む観光船に改造され、紋別港を母港に昭和62年2月1日に世界初の流氷砕氷観光船として登場した。
 この初代ガリンコ号は当初は一階建の定員32名だったが、翌年には2階建てに改造され、総トン数39トン、全長24.9メートル、定員が70名となって平成8年3月10日までの10シーズンに延べ8万人を超える観光客をオホーツクの流氷海へと誘った。現在は紋別海洋公園に上架され展示されて、迫力ある巨大ドリルが間近に見られる。


2008年春/お色直し中のガリンコ号Ⅱ
◆ガリンコ号Ⅱ
 二代目となるガリンコ号Ⅱは同じく三井造船㈱が設計し、石巻のヤマニシが建造して総トン数150トン、全長35メートル、旅客定員は195名、砕氷能力も厚さ60㎝以上となって平成9年1月20日に就航した。
 速力も以前の3ノットから9.5ノットへと大きく性能をアップして沖合10kmまでの航行が可能となり、これまでの冬季だけではなく、夏季にはフィッシィング・クルーズも行われるようになった。
 メイン駆動は寒冷地に強い戦車にも利用されるベンツの特殊エンジンで、2本のドリルはモーターで回転する。これは通常の「スクリュー」と「木ねじの原理によるドリル」の2つの推進力で、氷の上に乗り上げながら自重によって割って進んで行く。


第3回流氷とガリンコ号

北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/
         

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