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2012年11月06日

現存する教育勅語と奉安殿























































 緊急報告、大量の詔勅類を確認!!  《たより掲載用》 ~本岐国民学校(津別町)の教育勅語 北海道文化財保護協会員 釣山 史 津別町郷土館資料室は、旧本岐中学校の体育館を利用した収蔵庫だ。その片隅に『勅語奉安用御筥』と書かれた白木の箱が佇んでいた。オヤ? 開けて見るとたコバルト色の布に包まれ、房紐で括られた漆塗に桐紋の内箱あり、中には菊花紋に“朕惟フニ我カ皇祖皇宗…”、ナナナント、教育勅語が出現した。さらにもう一つの白木箱には、詔勅類がザクザクと!! 教育勅語とは、正式には『教育ニ関スル勅語』といい、明治23年10月に公布され、天皇の神格化として皇国日本の教育上のシンボルとされたもので、オホーツク管内では、紋別小学校が他地域に比べても早い、同26年7月に奉戴している。 教育勅語というと恭しく掲げられたリッパな巻子を連想する方もいるだろう。しかし、丁重に扱われ、厳重に保管された教育勅語も、本来は一枚紙であり、ロール状に巻かれて2重の奉安箱に収納され、御真影とともに奉安殿などに安置された。本岐小学校に残った教育勅語も同様であり、左右両端に現れたシワに幾多の奉読の痕跡が見て取れる。戦前は、四大節の拝賀式のほか、教育勅語、戊申詔書、国民精神作興ニ関スル詔書の奉読式などが行われていた。 さて、あるはずは無い、あってはならない勅語謄本がどうして存在するのか? 敗戦後のGHQの指導下のもと、昭和21年元日の天皇陛下の人間宣言を受けて、同月には御真影が奉還され、4月に宮内省が勅語や詔書を奉安殿に奉安しないように示し、7月は奉安殿の撤去が決まったことで保管場所は無くなり、10月に文部省が教育勅語の奉読と詔勅類の神格化の廃止を通牒して実質的な効力は停止した。 しかし、依然として教育勅語の思想的支柱としての性格は残り、そうして昭和23年6月19日の衆参議院の議決をもって教育勅語等は完全に失効し、文部省は同月25日に教育勅語謄本等の回収を通牒したが、勅語等の管理は学校長の専任であり、直接、取り扱いに関わった者は限られ、また、ひそやかに回収の手続きが行われたことで、必ずしも実体は明らかになっていない。 その後、本岐小学校では、何らかの理由で残ってしまった勅語類の扱いに苦慮したと思われるが、注目したいのは、あったであろう“米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書”が見当たらないこと、“教育ニ關スル御沙汰”が2つ存在していることであり、残された理由とともに考すべき点である。 今回は、偶然にたくさんの詔勅類に遭遇したのであり、予備知識に乏しく、不十分な現存確認のみに終わったが、「津別町百年史」に現存の教育勅語が写真入で紹介されており、今まで地元管内での勅語謄本の存在に全く気づかず、反省しきりである。 教育勅語謄本は、本件を含めて道内11箇所(奉安殿は36棟)での現存を確認しており、瀬棚郷土館には「教育ニ関スル勅語」と「戊申詔書」、「国民精神作興ニ関スル詔書」が残っていて、いずれにしてもこれほど多種の詔勅類が一括して現存することは非常に稀であり、引き続きの調査をお約束して、以下のまとめとしたい。 ◆旧本岐国民学校の教育勅語 外箱に勅語奉安用御筥とある いわゆる明治型の教育勅語謄本 奉読の痕跡として幾筋ものシワがある 菊花紋の下に罫線がある “年”ではなく“秊”とある ※昭和型には罫線がなく、 字体も数ヶ所が違う。 ◆現存する勅語・詔書類等 名称 公布等月日 備考 教育ニ関スル勅語 明治23年10月30日 天皇のお言葉を借りて政府の教育方針を示したもの 東京帝国大学ニ御臨幸ノ際賜ル御沙汰 明治37年7月11日 日露戦時に於ける教育励精のお言葉 戊申詔書 明治41年10月13日 国民規範をうたう第二の教育勅語というべきもの 教育ニ關スル御沙汰 大正4年12月10日 御大礼に際し、教育者へ彝訓の対揚を求めたもの 文部省訓令第8号 大正 4年12月11日 ④または⑤に添えられた 国民精神作興ニ関スル詔書 大正12年11月10日 大震災後の社会的・思想的な混乱を戒めたもの 教育ニ関スル御沙汰 昭和3年12月10日 御大礼に際し、教学の振興を述べられたもの 教育ノ任ニ在ル者ニ対シ下シ給ヘル勅語 昭和6年10月30日 東京高等師範学校六十周年記念式典でのお言葉 文部省訓令第21号 昭和6年10月31日 ⑨に添えられた 小学校教師ニ賜ワリタル勅語 昭和9年4月3日 全国小学校教員精神作興大会でのお言葉 青少年学徒ニ賜ハリタル勅語 昭和14年5月22日 戦時体制へ向けての学徒の心構えをうたったもの 青少年学徒ニ賜ハリタル勅語(読み解説)  昭和14年 5月22日 ⑫に添えられた
第321回  北海道の教育勅語と奉安殿          北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/

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