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2017年09月10日

もんべつ沖揚音頭


もんべつ沖揚音頭 北海道を代表する北海道らしい魚介類は、古くは「三魚」と云われたサケ、マス、ニシンであり、昭和30(1955)年頃に大きな群来が見られ無くなるまで、ニシン漁が道内沿岸漁業の太宗であった。幕末頃から大きな漁獲を可能にする「鰊建網」が開発されて、漁業が大型化されると多くの漁夫が必要になった。沖揚音頭は、ニシン漁の水揚げから網起こし、汲み出しほか、共同作業の拍子を合せた掛け声唄で、各地の漁場に自然発生して見られる。江差沖揚音頭(道指定無形民俗文化財)、松前沖揚音頭(町指定無形民俗文化財)、神恵内沖揚音頭などがあり、ソーラン節もその一種である。古くからホタテ貝が名産で知られる紋別市も、寛政年間(1789~1801年)に紋別番屋が置かれ、昭和27(1952)年でニシンの群来が見られ無くなるまでは、当地もニシン漁が漁業の中心にあった。この「もんべつ沖揚音頭」は、昭和13(1938)年に道南のニシン場から「今野芳太郎」が移り住んで来て歌われるようになったと伝わる。昭和27(1952)年頃、今野芳太郎の呼びかけに有志が募り、昭和35(1960)年に北見で、同37(1962)年には札幌で披露され、以来、各種の慶事・行事で催されるようになった。〝もんべつ流氷まつり″では、第1回の昭和38(1963)年から継続して演じられている。昭和44(1969)年に船等を製作し、衣装を新調して統一し、現在の形となり、昭和47(1972)年には会長天野一郎、副会長今野芳太郎として正式に「紋別市沖揚音頭保存会」が発足した。こうして市内行事で披露されていたが、経年のうちに会員減少から存続が難しくなり、次世代に継承すべく、昭和52(1977)年に紋別漁業協同組合、漁協婦人部(現女性部)と漁協青年部が加わって再編されて現在に至っている。「もんべつ沖揚音頭」は、〝おーしこ″の掛け声のもと、出漁、操業、帰港までの漁労を表現している。道内の各地に伝わる沖揚音頭であるが、道東、オホーツク沿岸で伝承されるものは見られない。また、全道的に見ても積極的に保存継承され定期的に公演されているものは少ない。毎年、公演している「もんべつ流氷まつり」は、さっぽろ雪まつり、旭川冬まつりに次いで歴史がある北海道の冬まつりであり、歴史的地域資産として活用され、地域振興に貢献している。第55回もんべつ流氷まつり(2017/2/12)
第424号 もんべつ沖揚音頭     北海道の歴史,北海道の文化,北海道文化財保護協会,http://turiyamafumi.kitaguni.tv/